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大雪山・トムラウシ山縦走(前半)
期 間
(前半報告)
 2012年8月4日~8月7日

(後半報告)
 2012年8月8日~8月10日
メンバー  江本 正彦
天 候  8/4曇り一時雨、8/5雨、8/6雨、8/7晴れ時々曇り
行 程  8/4 宇部(7:16)=(JR)=博多=(バス)=福岡空港=新千歳空港(13:55)=(JR)=
旭川駅(16:20)~旭川市内泊
 8/5  旭川市内泊(天候回復待ち)
 
 8/6旭川駅(9:25)=(バス)=旭岳山麓駅(10:50)=(ロープウェイ)=姿見駅(11:30)
~旭岳(13:05)~中岳(14:20)~黒岳石室(15:30)  黒岳石室泊
  8/7 黒岳石室~黒岳(4:45)~黒岳石室(5:20)~北海岳(6:30)~白雲岳分岐(7:30)
~白雲岳避難小屋(7:50)~高根ヶ原~忠別沼(10:10~10:25)~忠別岳(11:00~11:10)
~五色岳(12:55)~化雲岳~ヒサゴ沼避難小屋(14:30) ヒサゴ沼避難小屋泊
 【大雪山】
 
 今回のトムラウシ山行のきっかけは、2009年夏の大量遭難事故を知ってから、いつか自分の足で歩いて現場を確認したいと思っていたところに、会社でリフレッシュ休暇なる制度があり、纏まった休みが取得できることがわかったからだ。
 久しぶりに長期間休めるとは言え、直前まで休むための段取りが大変だったことは言うまでもない。7月に入ってから少しずつ準備を進めて、要領の悪さもあるが、最終的にパッキングが完了したのは出発日の朝1時だった。
 
 今回、準備の際に自宅の本箱の隅から28年前の大雪山の地形図が出てきた。
 山登りを初めて日が浅かった青春時代、大雪山を縦走する計画を立てるために購入したものだった。計画は実現せず完全に記憶の中から消滅していたが、一枚の地形図から当時の記憶が鮮明に蘇ってきて、懐かしかった。
  
 今年8月の北海道は天候が不安定だった。
 入山予定日の5日の天気予報は雷雨、天候回復を待って入山を一日遅らせ、旭川市内の登山用品店やホテルのインターネットで情報収集などして過ごした。
 翌6日朝、旭川では午後から雨が予想されていたが天気図を見ると天気は回復に向かっており、行動可能と判断し、ホテルを後にする。
 バスの本数が少なく、始発利用で、旭岳登山口に到着したのが11時前だった。
 この日の内に黒岳石室まで辿り着くために、大雪山旭岳ロープウェイを利用した。ロープウェイで高度を稼ぐのは私の登山スタイルではないので少し後ろめたかったが、黒岳石室に明るいうちに着く必要があるので妥協した。
旭岳ロープウェイからの展望
 姿見駅から先はガスに覆われており、遠くの景色は何も見えない。
 旭岳への登山道を一時間歩いたところで急に雨が降りだしたので、あわてて雨合羽を着用する。後ろから、ズックを履いた半ズボン姿の若い外人が猛スピードで追い抜いて行く。
 旭岳から下ってくる女性登山者がすれ違いざまに心配そうに「縦走ですか」と声をかけてくれた。北海道の最高峰であり観光化していることもあって、雨天でもいろいろな人が登り下りするのだと思った。
 頂上では3組の登山者が記念写真を撮っていた。雨で展望がないので、先を急ぐことにする。
 間宮岳への下りで登山ツアーのパーティーとすれ違ったのを最後にその後は誰とも出会わなかった。平日で、雨も降るので、当然と言えば当然だろう。
 15時半に黒岳石室に到着。
 一度予約をキャンセルしたきり予約無しだったが、空きがあるようなので、泊めてもらうことにする。
 当初は情報収集する目的で小屋に宿泊する計画にしたのだが、管理人とは別棟だった。それでも他の登山者から話が聞けて少しだが大雪山の雰囲気を知ることができた。明け方3時半まで雨は降り続いた。
 朝、出発準備が整う頃雨は止んだ。
 黒岳をピストンした後、黒岳石室を後にした。
 出発前に、他の登山者から「本当に単独でトムラウシまで行くんですか。」とか「ツエルトやフリースなどの装備はもっていますか。」とかいろいろ心配していただいたが、装備と食料は十分だったので不安は無かったが、唯一つ、「熊との遭遇」だけは心配だった。
黒岳から見た黒岳石室
北海岳から見た御鉢平
 北海岳で登山ツアーと思われるパーティーに追いついて、そこからはまた一人でトムラウシを目指す。トムラウシ方面はガスがかかっていて山容は見えない。
 白雲岳分岐まで1時間、分岐を少し下ると赤茶色の白雲岳避難小屋とテントサイトが見えてくる。
白雲岳分岐
白雲岳避難小屋を見る
 白雲岳避難小屋はツアー登山者にはなくてはならない重要な宿泊施設だ。しかし小さな小屋で傷みもひどく強度的にも不安があるとの話だった。
 昨日は停滞するパーティーが多く超満員だったようで、自分は黒岳石室に宿泊して正解だったと思った。
 避難小屋からの下りはお花畑の中、その先は平坦な岩礫地が続く。前後に他の登山者は見えない。
 遠くで熊の遠吠えが聞こえると一瞬だが心細くなる。だが周囲の岩礫地には熊が潜むような場所は見当たらないので気を取り直す。
米沢ケルンから見た高根ヶ原方面
 高根ヶ原付近では湿地が目に付く。登山道にも何箇所か大きな水たまりがあり、水深が深いのでどのように越えるか悩んだ。
 ひたすら前に進むと時々人の話し声が聞こえてきた。それから少しして仲のよさそうなアベックの登山者を追い抜き、次に暇そうにじっとこちらを見ていたキタキツネを写真におさめ、木道を下ると小さな沼に到着。
 周囲がガスっていたので、小休止して地図で現在地を確認。最初、空沼と高原沼がある三笠新道に迷い込んだと早とちりして一瞬ひやりとしたが、GPSと地形図を見直すと忠別沼であることがわかり一安心。
 そのとき一瞬ガスが切れて青空が湖面に映った。沼の周辺には黄色いエゾカンゾウなど多種類の高山植物が咲いていてきれいだったが盛りは過ぎているようだった。
忠別沼とお花畑
 忠別岳を過ぎて大休止、五色岳から化雲岳へのハイ松帯は熊と遭遇しないことを祈りながら足早に進み、神遊びの庭の中に続く木道は周囲の景色を楽しみながらゆっくり進む。
 神遊びの庭とは良く言ったもので、まるで人工の庭園のようだ。
 先行していた登山者も皆ゆっくりと景色を楽しみながら歩いていた。
 同じ方向に縦走していたので気がつかなかっただけで、結構登山者がいることに気付かされる。このあと化雲岳経由でヒサゴ沼へ一気に下る。
神遊びの庭の中に続く木道
 14時半、この日宿泊予定のヒサゴ沼避難小屋着。
 宿泊者は4人だけで宿泊者が少ないので拍子抜けした。これまでの山行で、この時間に行動停止したことはなかったが、今回はヒサゴ沼の避難小屋に泊まることも目的の一つだったので迷わず小屋に入った。
 このあと、ガイド登山のパーティー、沢登りを終えたパーティーなどが宿泊客に加わった。高齢者の登山ツアーパーティーの宿泊は無かった。
 湖畔のテントサイトには5、6張りのテントが見える。仲間とのテントでの団欒は山登りの楽しみの一つだが、単独行にはそれがない。夜までの時間が長く感じられた。食料にアルコール類を割愛したことが若干悔やまれた。
トラック図1=旭岳~ヒサゴ沼(前半)
( 文・写真・トラック図;江本 )
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