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2012正月山行報告
 と  き  平成24年1月1日〜2日
 山 域  西中国山地:寂地山周辺
 参加者  鹿野慶行(単独行)
 (感想)久しぶりに雪山に一人で入った。
     いろいろあったが、人の心の温かさを改めて感じさせてくれた山行であった。
 行  程  1/1 曇り時々小雪
自宅(4:30)― 小月IC ― 六日市IC ―向峠(7:30)(8:30)…
登山口(林道)… 小五郎山(10:30) … 容谷山(13:20) …  
右谷山(16:20) … タイコ谷コル(17:00 ツエルト泊)

1/2 曇り時々小雪
タイコ谷コル(7:15) … 寂地山(10:30) … 額々山(11:40) … 
後谷山(15:50) … 河津集落(17:00)― 向峠(17:30)(18:30)
― 自宅
  内  容
 1月1日(日) 元日

 向峠バス停付近に車を置き、小五郎山登山口へと向かう。以前は竹藪から沢沿いに登山道を詰めた記憶があるのだが、竹藪の所にイノシシ?進入防止柵があり、それからは立派な林道となっていた。
 全く雪なしの林道を30分程度歩くと右側に登山口の表示がある。地形図を確認しようとして、車の中に忘れたことに気付き取りに戻る。

 登山道にはいると、ぼちぼち雪も出てきた。久しぶりの雪の感触を楽しむ。
 山頂付近は、多いところでも膝より下ぐらいしか埋まらないが、ワカンを履いてああ楽しい!
 容谷山頂(三角点)
 山頂から金山谷に下るルートははっきりしているが、右谷山方面への稜線は少し藪ではっきりしていない。雪も締まっていないので時折、足をとられながら稜線を辿る。
 容谷山の頂上に着く。
 長い長い道のりだ。先を考えるとこれ以上ピッチをあげられない。
 体力の落ちた自分が情けないけど、ペース配分も大事と言い訳しながら、1歩、1歩前進する。まるでエベレスト頂上付近を歩いているように!(行くのが夢だが)、稜線を分岐まで引き返し、再び右谷山への稜線を辿る。
 時折、膝上までのラッセルとなる。今日の行動は右谷山までが精一杯か?何とか頂上に着いた。
 「μ」の形をした木が印象的だ。初めてこの山に登ったときにはもっと低かったのに…。あのころのように腰掛け代わりにひょい!とはいかない。ずいぶん成長している。
 右谷山頂(「μ」の形をした木)
 頂上は、寂地山方面からのトレースがあった。トレースは山頂から尾根どうしに竜ヶ岳峡方面にある。
 トレースをありがたく利用させてもらう。なんとらくちん!と素直に思う。(30代の頃であれば、ありがた迷惑に思っていたのだが)時間もないので、行けるとこまでいこうと距離をかせぐ。トレースはタイコ谷までしかなく、急にピッチが落ちる。無理をせず今日の宿泊地とする。
 1月2日(月)

 強風と降雪で昨日のトレースは消えていた。再び黙々と寂地山へ向かう。
 寂地山頂(2011年山口国体採火記念碑)
 
 
 
岩国市で採火式・炬火イベントが行われました


 7月21日(木)、寂地山(標高1337m)山頂で、マイギリを使用して炬火が採火されました。
 寂地山は、前回の山口国体炬火採火地であり、その碑の前で採火が再び行われるとともに、今回の採火の記念碑も設置されました。
 24日(日)には、炬火が、錦町から市役所までの約64kmを「とことこトレイン」、「錦川鉄道」、「木炭自動車」と市民のパレードによって運ばれ、「錦川清流の火」と命名されました。

                               ※山口国体ニュース&トピックスから引用
 

 
 広々とした稜線は、額々山への行方を阻む。
 額々山山頂
 額々山から河津越えへの稜線は雪がたっぷりで1000m級の長い稜線が雪稜歩きを飽きさせない。
 後谷山までずいぶん時間を消費してしまった。へたをすると今日中におりられない。
 焦りを感じた。15時50分は、稜線上にいてはいけない…タイムリミットだ!河津越えまで行くと日が暮れてしまいそう。
 一瞬、ガスも晴れ河津集落が下方に見えた。もうこのピークから一気に下るしかない。そう決めてからは、転がるように駆け下る。
 荒れ果てたワサビ畑沿いの廃道を辿っていくと、ようやく民家があるところにでた。17時前だ…ホットする。だが、これから十数キロの車道を歩いて車の所まで戻らねばならない。あたりの民家から煙が立ちのぼり犬の遠吠えが聞こえてくる。里へおりたことを改めて実感する。
 ワカンを取り外し、なんとなしに、ザックのアマブタに入れておいた車の鍵を確認する。鍵が見あたらない…あせった。ザックの中身を出してごそごそしていたら、犬の散歩をしている同年配位?の地元の方に声をかけられた。事情を説明するとここは携帯が通じないので車で送ってもらうことになった。
 車を待っているともう一人の地元の人が同じように犬の散歩をしながら近づき、声をかけてきてくれた。事情を説明するとその方は先ほどの人の弟だった。
 河津集落も以前は50名ぐらいいたけど、今は10人もいないとのこと。「なかなか生まれ育ったところが離れられないでよ」しみじみと車を運転しながら言われた言葉に哀愁を感じた。
 車の鍵は、結局は、思い違いで地図を取りに引き返したときにズボンのポケットに入れていたのを思いだした。
地図
( 文、写真 鹿野慶行 )
                  *写真は携帯電話で撮影しました
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