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24時間リレーマラソン
  開催日  2010年7月24日〜25日
  天 候  快晴
  参加チーム  宇部山岳会、宇部市役所健走会、UBEナイロン、下関の走る会、フットパーク、
 チーム万歳(西川医院)、宇部研究所 (計7チーム)

  宇部山岳会
   参加者 
 石井、荒武、鮫島、鹿野(陽)、松田、深野、藤井(佑)、江本、 大岡、中西、
池本、杉原(信)、村田(俊)、村岡、岩坂、村谷、 永安、市橋、伊藤、岡村、
加藤、藤井(和)、塚本、西山、 雨包、園山、竹之内(真)、竹之内(寛)、津田、
西村(佳)、浜田、(他5名)
   【24時間リレーマラソンとは】
 一年に一度の恒例行事、24時間リレーマラソン。
 梅雨明けの真夏日に、宇部市陸上競技場の400mトラックで襷をリレーしながらチーム毎に24時間周回する。
 選手は自らの時間枠を自分のペースで走り、次走者に襷をつなぐ。
 走行距離やタイムを競うものではなく、選手各自の体力に見合ったスピードでそれぞれが走れる距離を走破する。
 各チームごとに24時間を襷リレーすることで、チームでの連帯感や完走後の達成感を実感する。
 完走しても順位は付かないし、景品や表彰など何も無い。傍から見ると無意味な自己満足の世界である。
 大阪など他の地域でも24時間リレーマラソンが開催されているが、これらと大きく違うところは、チーム間でタイムや走行距離を競わない点、1チームの参加人数に制限がない点などだ。
 参加人数が多いと楽に24時間襷がつながるように思われがちだが、毎年人集めには苦労する。
 24時間バランスよく選手を配置するのが難しい。
 特に深夜の時間枠は人気が無いので開催日直前まで枠が開いたままになることが多い。
   【世話役】
 このイベントで一番大変なのは、実は走る選手よりも世話役である。
 前日までに、参加チーム代表者の事前打ち合せ、チームの選手集め、疾走枠の割り振りなどを行わなければならない。
 また当日は、選手の軽食や水分補給の為の飲み物、氷などの準備と、24時間選手の週回数を記録しなくてはならない。
 途中交替で休憩は取るものの競技場から離れることはできない。また割り当てられた疾走時間に選手が来ない場合は急遽代走をつとめなくてはならない。
 責任感と体力が必要とされる重要な役割である。
  【24時間マラソン当日】
 今年の24時間リレーマラソンは梅雨明け7月24日9:00にスタートした。
スタート
 この日は各地で気温が38度前後になり熱中症で死亡者が出たとニュース報道されるほど全国的に記録的な猛暑となったが、参加者は暑いのは承知の上での参加とばかりに、暑さを厭うことなく、競技場の中で走りを楽しんだ。
 7チームが同じトラックを走るが、どこも他のチームの走りには無関心だ。
 選手は自分のチームの襷をつなぐという使命を全うするために、自分に与えられた時間枠を責任もって疾走するのみである。
 宇部山岳会はクライミング用のスリングを襷にリレーした。
炎天下の疾走
 参加チームの中でもUBEナイロンは、24時間を15分刻みで疾走枠を全部埋めていたが、わが宇部山岳会の疾走予定表は歯抜け状態で、選手が来るのか来ないのか、来てみないとわからない状態だったため、襷がつながらないのではないかと世話役をやきもきさせた。
 しかし心配は杞憂だった。選手たちは必要とされる時間になると現れてスタンバイしていた。
夕暮れの中を走る
 夕方、夕涼みがてらに差し入れを持って応援に現れた女性会員も、「来るのを待ってたんですよ。走りますよね。」といわれれば走らないわけには行かない。
 ランニングスタイルできているのだからある程度の覚悟はできているわけである。
 それでも走る前に「最近走ってないから走れないかも。」とか、一応予防線を張る。
 不思議なもので、途中歩いてもいいといわれても、走りだすと完走したい気持ちになるものである。
 歩く者など誰もいない。
 この日は宇部市の花火大会だった。
 花火が上がりだすと、応援を中断し、競技場の本部席二階から、花火を観る者もいた。
 その間にも選手たちは一生懸命照明に照らされたトラックを走っている。
 自分の選んだ時間枠である。花火など最初から関心ないのである。
深夜も襷リレーは続く
 花火大会が終わる頃、会の若手が三々五々集まってくる。
 深夜枠を走る選手たちである。ほとんどが山口市や下関市など市外在住だが、深夜枠を走るためわざわざ宇部まで来てくれたのである。
 先ほどまでいた会員たちと入れ替わりで彼らの時間となる。
 深夜、トラック内を照らす照明の数が半分に減る。
 中継所のテントの周辺だけが明るい。まるで夏祭りの露店のようだ。
 薄暗いトラックを7チームの選手は眠気をもろともせず、襷をリレーしながら交替で走り続けている。
 東の空が明るくなり始めた頃、彼らは自分の疾走枠を交替で走りきると、ゆっくり休むこともなくそのまま帰って行った。
 日の出と共に少しずつ気温が上がり始めると、リレーマラソンの終わりも近い。どこのチームのテントも疲労ムードが漂う。
終わりは近い。アシストのサポートを受けながらゴールを目指す
 そして最後の瞬間に向けて、恒例の、参加者全員によるゴールのスタンバイ。
 参加者全員が第4コーナーに集まると少しずつゴール地点に向けて前進する。
 そしてカウントダウンしながら9時丁度に万歳しながらゴールになだれ込んだ。
 こうして今年の24時間リレーマラソンを終了した。
全員がゴール
 今年の宇部山岳会チームは若手の活躍により、深夜の時間帯も危なげなく襷をつなぎ余裕を持って24時間をリレーできた。
 また女性会員やベテラン会員の走りもチームの雰囲気を盛上げたように感じた。
 閉会式では、参加チームがお互いの健闘をたたえつつ、来年の再開を誓って散会した。
表1.疾走記録一覧表
(写真;UBEナイロン、江本、 文責;江本)
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